
「何故だ! 何でよりにもよってこんなのがやってくるんだ! こんな、こんな出来の悪いアニメキャラみたいな……」
『あそびにいくヨ!』163ページ
「落ちもの」というやつがある。
ある日突然、さえない少年のもとに遠くの世界(過去とか、未来とか、異世界とか)から美少女がやってきて……というアレだ。本作『あそびにいくヨ!』は、そんな典型的な、ベタな、もうベッタベタな「落ちもの」である。
主人公・騎央のもとに落ちてくるのは、猫耳巨乳美少女のエリス。プラグスーツ的なピッチピチの服に猫耳、しっぽ、流暢な日本語をしゃべる彼女、なんと宇宙人だと言う。彼女たちの目的は、他文明と接触して刺激を受けること――はやい話が観光だ。あそびにきたわけである。
なんで遠い星で生まれた生物が人間そっくりなんだ、言葉まで一緒とかありえないだろって? でも事実として同じなんだから仕方ない。
普通に考えてホワイトハウスの上に陣取った超巨大侵略円盤とか、光学迷彩&プラズマキャノン標準装備の戦闘種族とか、餓死寸前の難民エビ(猫缶大好き!)とかとファーストコンタクトするよりは、巨乳猫耳美少女の方がいいに決まっている。別に文句を言う奴はいないだろう。
……と、思ったらいたよ、SFファンという連中が。

こいつらと来たら(いや、この原稿書いてる筆者もそのひとりだけど)、宇宙人はその姿形や言語が奇妙であればあるほど、そしてファーストコンタクトは困難であればあるほど素晴らしい、という価値観を持っている。宇宙人は「nuqneH」とか挨拶してきてほしい。行き違いで大戦争とか大歓迎。2つしかない論理記号と13重の関係代名詞でしゃべったりするとなおよし……と実に面倒くさい。で、そんなウザイ連中が、もし仮に絶対にあり得ない「地球人そっくりな猫耳宇宙人」と出会ってしまったら……?
冒頭に引いた原作からの一文は、そんなSFファンがエリスに出会って上げた魂の叫びである。猫耳巨乳美少女がうれしくない、という奇特な連中がいるのだ、この世界には。
そんな連中のひとりが騎央の担任女教師である糸嘉州マキ。パソコンの名前は「ハル」でハンドルネームは「えんだぁ」という実にわかりやすくSF者な彼女は、エリスとの夢も希望も宇宙戦争も幼年期の終わりもセンス・オブ・ワンダーもないファースト・コンタクトを止めるべくあれこれ動き出す。多くの視聴者から見れば意味不明な……しかし、SFファンにとってはあまりに切実な行動もまた、本作で巻き起こる騒動に重要な役割を果たしていく。
原作者・神野オキナは1999年に『闇色の戦天使』でファミ通文庫からデビュー。以来、今日までライトノベルを中心に数多くの作品を発表し続けているが、とりわけ初期の作品には、強大な敵の侵略にさらされた世界で、等身大の少年少女達が絶望的な戦いに挑むハードでシリアスなものが多かった。
そんな著者だから「地球人そっくりの猫耳巨乳美少女の宇宙人が遊びに来る」ことの「ありえなさ」なんてちゃんとわかっている。もしも「真面目」なファーストコンタクトものがお望みなら、著者の『闇色の戦天使』や『シックスボルト』(01年、電撃文庫)などを読まれたい。
『闇色の戦天使』は、μと呼ばれる精神寄生体の脅威にさらされた現代が舞台。寄生体を恐れるあまり疑心暗鬼となった人類は『デビルマン』的な監視、魔女狩り社会を生み出してしまう。そんな世界で人類の敵となった少年の旅立ちを描く社会派のバイオレンス・アクションだ。
『シックスボルト』は、普通の高校生がほとんど無理矢理パワードスーツを着せられて、侵略してきた宇宙人との容赦ない殺し合いに投入される凄惨なSFミリタリー。MF文庫Jで08年からスタートした著者の人気シリーズ『疾走れ、撃て!』(異世界からやってくる敵・ダイダラとの戦争に徴兵された学生兵士たちの戦いと青春を描く)の原形とも言える作品だ。
『あそびにいくヨ!』は、そんな作品を書いてきた著者が、あえて「つとめてベタベタ、単純明快なストーリー&キャラクター」「とことん『頭の悪い小説』」(いずれも1巻あとがきより)を目指して書いた作品だ。だからベタさもバカさも、一歩、突き抜けている。日本語をしゃべる宇宙人なんてご都合主義にしても、もはやギャグの域だしね「人間そっくりの宇宙人なんて非科学的だ!」と信じて疑わないSF原理主義者のもとに本当に猫耳宇宙人がやってくるなんて皮肉にも程がある。
そんなわけで本作は「猫耳宇宙人とかありえないだろ?」なんて言って、観る前から切ろうとしている人にこそ向けられた作品とさえ言える。
まずは一度、ご覧になっていただきたい。


さて、本稿のために、あらためて原作を読み返し、やはりこの作品は、神野オキナという作家の転機だと感じた。
それまでのハードでシリアスな作品群と比べると、本作は異質な印象を受ける。けれど、それは作家の個性やスタンスが消えてしまったことを意味しない。
作家のやりたいことが前面に出すぎて、青臭さを感じるほどだった初期作品をふまえ、「ベタ」を受け入れた上で、好きなことをやる、という方法論を、この『あそびにいくヨ!』で確立したように思うのだ。たとえば同じ青春SFミリタリである『シックスボルト』と『疾走れ、撃て!』を読み比べるとその差異がはっきりと……と、これは脱線。 ともかく「朝起きるとベットで隣に……」「そこに幼なじみが……」なんてベタなお約束イベントをこなすにつれ、だんだんと著者の個性がにじみ出てくるのが本作だ。
すでにあげたSFへのちょっと斜めな目配せをはじめ、沖縄を、エキゾチックな異国のリゾートとして称揚するのでもなく、声高に「基地の島」の現実を訴えるのでもなく、方言も伝統も風土も基地も、ただそこにある日常として写し取る描写は、沖縄在住の著者ならではのものだろう。
そして原作1巻のクライマックスは、各国の諜報機関や在日米軍の思惑が絡み合ったあげくの銃弾飛び交い、ヘリがバタバタ、戦車がキュラキュラというハリウッドばりの大アクション。ガンマニアで映画マニアな著者の面目躍如と言えるだろう。
はたして、アニメではこれらのシーンがどのように再現されるのか?
作家・神野オキナのファンとして大変、楽しみにしている。
前島賢(まえじま・さとし)
1982年生、ライター。
SF、ライトノベルを中心に活動。著書に『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』(ソフトバンク新書)。